【オリジナル小説】出逢い、桜、さようなら(第28回短編小説の集い参加作品)
短編小説の集いに参加させていただきました。
これで参加したことになるんですよね?というか、締め切り大丈夫ですよね?過ぎてるんだったら、すいません。載せてもらわないでも結構です。
途中、やっぱりダメだやめとこうかとか挫折しそうになりましたが、「下手だから」は理由にならないそうなので、何とか完成させました。
初めて小説を書きました...た、多分。少なくとも他人が見ることのできる状況下に置くというのは間違いなく初めてです。
何ともキモい小説が出来上がりました。少しでもお楽しみいただければ幸いです。
字数は4063字です。
出逢い、桜、さようなら
「それじゃあな」「おう」「また会おうぜ」「寂しいよぉ~」「二次会行くぞ」「こうやって集まれるのも最後だからな」「朝まで飲んで騒いだる」「程々になぁ」
この日は坂井俊治の通っていた大学の卒業式が行われていた。卒業生の送別会が終わってから皆思い思いに言葉を発している。坂井もその例に漏れない。
「坂井、本当に二次会行かないのか?」
坂井の同期が声をかけてくる。坂井とは適度に仲の良かった人物だ。
「あぁ、俺は良いよ」
「そうか」
それだけ言って同期はあっさり誘うのを諦めた。
「まぁたまには連絡入れろよ」
「あぁ」
名残惜しそうにしている面々を尻目に坂井はその場を後にする。
研究室メンバーが集合したときはまだ日は出ていたが、既にとっぷり暮れていた。坂井は、飲み屋の集まった歓楽街を足早に進んだ。歓楽街を抜けた先には橋があった。橋の名は富見戸橋と言った。坂井は川の流れを眺めながらゆっくり富見戸橋を渡るつもりだった。
坂井が二次会を断った理由は特になかった。強いて挙げるなら、大勢で集まって騒ぐ場があまり好きでなかったという理由だった。彼はそのことを分かっていたのだろう。坂井はさっきまで一緒に飲み食いしていたメンバーを想起する。良い奴らだった。良い奴らばかりだった。本当に良い奴らだった。本当に―――
そろそろ橋に差し掛かろうという折、不意に女が道を遮ってきた。坂井は避けようとしたが、その女が誰であるか分かってしまった。そして目が合った。合ってしまった。女は坂井が自分のことを認めたと認識するや口角を上げて
「会えると思っておりました。少しの間付き合って頂けませんか?」
と言った。
坂井は道を引き返し歓楽街へ戻って行かなければならなかった。女の指示に従ったからだった。彼女の物言いに決して強制力はなかったが、同時に有無を言わさぬ雰囲気を纏っていた。坂井は、しかし、強制されようがされまいが、この女に付き合うつもりでいた。出くわした瞬間こそ動揺があったが、今はむしろ落ち着いている。
2人は落ち着いた雰囲気のバーに入った。辺鄙な場所にあり、普段からこの界隈に慣れ親しんでいる人間でも知らなそうな店だった。中に入ると、天井のオレンジの明かりがぼんやりと灯っていて、蛍光の眩しい外よりむしろ暗かった。客は数えるほどもおらず、繁盛しているようにはとても見えなかった。店内はがらがらにも拘らず、2人は隅の方の席に案内された。
席に着くとすぐさま注文を伺いにウェイターがやってきた。年齢は30代後半から40代前半といったところで、この薄暗いのにサングラスをしていた。
「適当に見繕って頂戴。この方にも」
「かしこまりました」
彼女はここの常連かもしれない、と坂井は思った。そうだとしても上下関係のありそうなやり取りだった。
「彼、目が見えないのよ」
ウェイターがサングラスをかけているのに疑問に思ったのを見透かしたのか、彼女はそう言った。坂井は適当に返事をした。
程なくして先ほどのウェイターがカクテルを持ってきて2人の前に置いた。目が見えないとは思えないほど自然な動作だった。ウェイターが下がったのを見計らい、坂井は話を切り出した。
「そろそろ自己紹介してくれないんですか」
「要ります?そんなものが」
彼女はカクテルに目を落としながらそう呟いた。しかしすぐに顔を上げて
「一先ず乾杯しましょう」
と言った。彼女がグラスの足を掴んで差し出したので、坂井もそれにならった。グラスを近づけ響かせた。
彼女はカクテルに口をつけた後
「三倉千遥と申します」
と言った。
「ええ、知ってます」
「やはり必要ありませんでしたね、坂井俊治さん」
千遥が名乗ってから30分ほどが経過していた。それまでの間に会話はなかった。しかし坂井は居心地が悪いとは思わなかった。店内をジャジィなピアノが流れている。沈黙を破ったのは坂井だった。
「あなたを初めて見たとき驚いた」
「それは告白ですか?」
「それは冗談か何か?」
「勿論違います。でも今の言い方は普通なら誤解を生みます」
「そうかもしれない。でもあなたは普通じゃないでしょう」
「その通りです。そしてあなたも」
千遥はカクテルを飲み干した。既に3杯目だった。飲み終わると同時にウェイターが現れて新たにカクテルを置いていった。
「私を初めて見たのはいつ?」
「2年ほど前ってところです」
「そんなに最近なんですね。私は入学初日、入学式です」
「どう思いました?」
「あなたと一緒です。違いますか?」
千遥には確信がある、坂井はそう思った。そして事実なんだろうと坂井自身も感じていた。
「あなたと私は同類です。育ちは違うようですけど」
「ひどい言い方だ」
「そうでもありません。それにそんな些細なことは本質から大きくかけ離れています」
再び2人の間に沈黙が訪れた。今度の沈黙には坂井は少しばかり居心地の悪さを感じた。いつのまにかピアノの調べも聞こえなくなっていた。
「ねぇ」
坂井はどこから声が聞こえてきたのか一瞬分からなかったが、それが千遥のものだと気が付いた。先ほどまでとはうってかわった声音だった。暗がりで分かりにくかったが酔いが回っているようだった。
「あなた、富見戸橋の前で私と出逢う前に、笑っていたでしょう?あのとき何を考えていたの?」
坂井はギョッとした。気取られないようにグラスを一気に呷ったが、むしろ逆効果だった。
「もう会わないで済むって?あんなに良い人たちだったのに?あはははは」
千遥は完全に坂井の思考を読んでいた。橋で出逢ったときの過去も今現在も。
「ねぇ」
再びのことだった。今度は何を言われるか、坂井は気が気でなかった。
「生きてても意味がないと思わない?」
千遥は俯きながらそう言った。坂井は千遥がどんな表情をしているかはっきり分からず怖気を感じた。耐えかねてグラスに口をつけて、周囲を見回すと自分たち以外の客は既に誰もいなかった。それどころかウェイターも消えていた。
「あなたもそう思うでしょう?」
坂井は俄かに眠くなってきた。酔いが回ったのかもしれなかった。体が熱い。頭がふわふわする。生きてても意味がないか、だと?どう答える?あぁ、頭が回らない。あぁ―――
坂井は気が付くと椅子に凭れかかっていた。目覚めてからもしばらくそうしていたが、はっと気が付いて、身を起こした。目の前には千遥が座っていた。
「やっとお目覚めですか?」
千遥の纏っている雰囲気は元に戻っていた。坂井は安心した反面、得体のしれない様子の千遥のことが頭から離れなかった。
「店を出ましょう。勘定は結構です。私が払っておきました」
坂井はそれは悪いと思い言い返す。
「いや、それは……」
千遥は少しばかり思案した後
「払っても払わなくても同じことです。しかし、そうですね。自分の分は払ってもらいましょうか」
と言った。
店を出ると、山の端がうっすら白んでいた。それほどまでに時間が経っているとは坂井は思ってもみなかった。ふと朝まで飲んでいると言っていた研究室生と鉢合わせしたら気まずいと思ったが、人影は1つ足らず見当たらなかった。
2人は自然と富見戸橋の方へと向かっていた。やがて橋に差し掛かる。今度は誰も止める者はいない。そしてそのまま橋を渡って行った。中央辺りまできたとき千遥が足を止めた。坂井も足を止める。
2人はしばらく欄干に腕を付いて景色を眺めていた。太陽が昇り、その姿を完全に現すまで目まぐるしく色合いが変化する。
「卒業証書」
千遥が突然言った。
「それが?」
「あるでしょ。それを紙飛行機にして飛ばします」
「冗談ですよね?」
「未練があるの?こんな紙切れに?」
「そういう意味じゃない」
「より遠くに飛ばせた方の勝ち。勝った方は負けた方に何でも命令できる」
千遥はそう言って欄干の上で器用に卒業証書を折っていった。坂井は仕方なく卒業証書の入った筒を鞄から出した。
「ちなみに私の命令は”一緒に死んで”だから」
坂井は先ほどのぞっとするような雰囲気の千遥を思い返した。坂井は筒から証書を取りだした。
「あと1分で折って」
千遥は坂井を急かした。しかし当の坂井は焦ってなどいなかった。むしろ頗る平静であった。坂井は証書を眺めていた。
「1分経ちました」
「時計も見ずに何を言ってるんだ?」
千遥の眉根が上がったが、坂井の手元にある一度たりとも折られていない卒業証書を見て、千遥は一瞬で冷静さを取り戻した。
「勝負を下りるなら私の不戦勝ということになります」
坂井は川下の方を見やる。まだつぼみの多い桜が幾本か間遠に見える。
「やっぱりあなたと俺は同類ではないよ」
坂井は千遥の方を向く。
「このまま飛ばす。それで良いだろ?」
「……良いでしょう。あなたが勝てば何を命令されます?」
「勝ってから考える」
「そうですか」
2人は川下に向き直る。同時にクリーム色の紙から手を離す。その刹那、風が後ろから吹きつけた。それは見事に何の変哲もない坂井俊治という名の入った卒業証書を彼方へと思い切り吹き飛ばした。
その日、空には雲1つなかった。今日は快晴になるだろう。坂井はそう思った。
「とりあえず心中はしない」
「…………そうですか」
「それと死ぬな。それが俺の命令」
「生きていても意味がない、と言ったでしょう」
「じゃあ死んだら意味があるのか?」
千遥はこのとき初めて驚愕の表情を見せた。坂井は構わずに続けた。
「生きてても死んでても意味がないんだったら生きてても良いじゃないか」
千遥は何か言いたそうにしているが、言葉に出来ないようだった。坂井は更に続けた。
「来年の今日、またここで会おう。そして、また紙飛行機を飛ばそう。あなたが勝ったら2人で死のう。俺が勝ったらまた次の年に紙飛行機を飛ばそう。それをずっと続けよう」
千遥は表情を様々に変えて、最後にこらえるようにして
「……はい」
とだけ言った。
「それじゃあまた来年」
「さようなら」
「さようなら」
お互いそう言って別れた。
坂井は橋を渡り切った。後ろは振り向かない。彼女もきっとそうしているだろう。
目の前には道に沿って桜が植えられている。三分咲きほどの桜が目に留まった。